2010年10月25日放送分 性のコーナー - 深夜の馬鹿力データベース

2010年10月25日放送分 性のコーナー

エロビデオ鑑賞にふけっているとき、まず、声を出して笑う癖がある。クスクスでなく、あっはっはと大きな声を出す。自分には当たり前だったので、あるあるネタとして話すと、特有の癖だと指摘され、過去を振り返った。初めてエロビデオにであったのは小学生の頃。借りていた漫画を返しにいったときに兄の部屋で偶然「久美子高校生」というビデオテープを発見した。家族が誰もいなくなる日をみはからって、再生してみることにした。セーラー服姿の女性がカメラに向かってエロいことをするというもので、当時の僕には刺激が強かった。興奮の高まりと共にへんな背徳感に襲われた。こんなビデオを見るなんて人として最低だという気持ち。そのうち、どこかに隠しカメラがついていて、監視されていたらどうしようという被害妄想へ。当時ビデオデッキが居間にしかなく、両親が隠しカメラを設置している気がしてきた。ビデオは見たい。でも万が一この状況を見られていたらこの先生きていけない。そんな状況でとった行動は、腹を抱えて笑うということ。こんなくだらないものを見て興奮するなんて、お兄ちゃんはバカだなと思っている。エロい気持ちなんてさらさらないと、モニタを見ている人(誰?)にアピールしようとした。当時はこれが最高の隠しカメラ対策だと思っていた。今思うと、大声を出して笑いながら、ちんちんをかちんこちんにしている小学生はどう考えても異常。しかしこれ以降ビデオを見るときに、まずありもしない監視カメラ対策で、大声で笑うことが体にしみついてしまった。大学生になり1人暮らしを始め、監視カメラなど気にしなくてもいいのに、万が一のことを想定して、現在でも冒頭の1分ほど笑うことにしている。
(みんな死なないでさん)

小学生のとき、きっかけは忘れたがエロ本を手に入れ、毎日むさぼるように読んでいた。興奮しすぎて、もっとエロ本に近づきたい、もっと興奮したい、もっと一緒にいたいと、エロ本を丁寧にバラバラにして、おちんちんをエロ本で丁寧に梱包して、そのままズボンをはき、日常へと向かった。なんということでしょう。おちんちんに密着するエロ本。誰も知らないズボンの中で、エロ本に包まれたおちんちん。ごわごわする感覚。精通すら始まっていない当時の私には未知の快感だった。今考えるとただのバカエロガキだが、あれ以来、いわゆる梱包もののアダルトビデオが好き。
(モヘンジョダロさん)

小2までエレクトーンを習っていた。30年くらい前なので先生が何歳くらいか覚えていないが、母親よりは若い感じ。座っている私の後ろに立って教えてくれた。ときどき後ろに立ったまま、私の手を取って教えてくれるときがあり、薄いブラウス越しに先生の胸が私の背中に当たり、わざと間違えて、手を取って教えてもらうのをしていた。何回もするうちに先生も気付いた様子で、「先生のおっぱいにさわりたいの?」と言ってきた。その瞬間、頭で怒っていることが全く理解できなくなり、かばんを持ち、教室から走って帰ってしまった。教室の終了時間より早く帰ると母にあやしまれると思ったので、近所のプラモデル屋にかけこみ、股間を落ち着かせるために、当時欲しかったギャンのプラモデルのパッケージを眺めて時間を費やした。それ以来、電車や仕事中に股間ががっちがちになったときは、ギャンを思い浮かべると少しずつ落ち着く。
(がぶのみコーヒーうまいさん)

中学生の頃、今もだが、曲がったことが嫌いな性格で、理不尽なことをする先生や曲がったヤンキーが嫌いだった。そのためヤンキーたちに目を付けられていたが、背も大きく体格に恵まれていたので、同学年ではケンカに負けることはなかった。しかしあるとき、上級生のやたらと柔道の強いヤンキーとケンカをしたときに締め落とされ、失神したあげく、失禁までしてしまうという大敗を喫した。このとき、薄れていく意識の中で感じたもの、「ちくしょう、ちくしょう・・・気持ちいい」その後その3年生をしばらく学校で見かけなかったが、次にそいつが学校に来たとき、すぐにケンカをふっかけた。また締められたい。そう思い、無防備に歩み寄ったが、その戦法が警戒されたのか、全く相手にされなかった。今ではまっとうな人間になったが、女性の発する「すっごく」「とっても」のような息を詰まらせる表現をきくと、ああと焦燥感ににた感情がわき、下の方がもやもやする。
(ふわちゃんさん)
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