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1996年07月29日放送分 ちょちょしびりのコーナー - 深夜の馬鹿力データベース

1996年07月29日放送分 ちょちょしびりのコーナー

 うちの小学校では、5年生になると収穫祭なる行事がとり行なわれます。
 内容は単純にどこかの農家を借りて植えたじゃがいもを5年生が集まって食べるというだけのものです。
 その年は大量に取れたらしく、当然1人当たりの分け前も多かったのですが、その上当時クラスの"余った給食処理場"だった僕は、みんなが残したそれらを半強制的に処理させられました。

 ふかしたじゃがいもをうがい用の塩だけで20個近く処理する作業は単調で全く面白味が無い、森監督率いる西武ライオンズのようでした。
 その日は土曜日。本来ならそのまま帰れるのですが、部活(剣道部)があった僕は弁当を持ってきていました。僕はそれをまた食べていました。
 友人の古川の「まだ食う?」という声も無視して。

 幸いその日の部活は中止になり、俺は友達3、4人と共に帰っていましたが、その途中僕のお腹の中でスーパープロデューサーの小室哲哉がものすごい勢いで曲を書き始めたのです。

 いもプラス弁当で活気を得たTKは、あまり聴きたくはないんだけどなるべくなら出ないでほしい曲を次々と書き続けました。
 気をそらそうとして飲んだ"イチゴオレ"こと"ともちゃん"も全く効果はなく、TKはそれらの曲をリリースするのを今や遅しと待ち受けていました。
 リリースさせてなるものかと俺は急いで家に帰りました。

 そして「TKの野望を阻止出来る!」と俺は目の前の"WC"の文字を見て勝利を確信しました。「やったぜ小林武史」と。
 ところが便所の中にはinババア。
 「あいあいあい、少し待ってね」。
 TKは曲をリリースしました。
 その曲はアムロ!globe!次から次へとどいつもこいつも同じような曲ばかり。

 その時俺は「あーこれで日本はTKに支配されてしまうんだな」と思いましたとさ。
 僕も小学校2年の時、見事メダルを取りました。しかも茶メダル。

 あれは12月の体育の時間、寒い体育館での飛び箱でした。
 朝から僕の肛門はジャンジャン横丁でした。しかもその日の授業は学校が県の体育何とか指定校に選ばれるかもしれないとかで教育委員会の偉い人達が来ていました。
 よりによってこんな時に。ちょちょしびりンピックの醍醐味です。
 熱血教師の粋なはからいで半袖半ズボンの僕は開脚飛びどころではありません。
 「足は開いて肛門閉めて」を念仏のように唱えて耐えていましたが、ジャンジャン横丁はお祭り騒ぎ。みこしはもうすぐそこです。

 そして意識がもうろうとしてきた時、後ろの女子が「あーっ、変なの出てるぅ。」(恐ろしい事に僕はその時気付いていませんでした)。
 体操ズボンから足にかけてゆっくりとでんぐり返しを続けるウンコ。

 騒ぐ級友、怒鳴る教師、スタジアムにたたずむ僕。
 4年に1度のお祭りだった。
 伊集院さんこんばんは。僕は23歳の青年です。
 実はつい2週間前、僕も体験してしまいました。

 その日の朝、僕はいつもの道をいつものようにアルバイト先に向かうために駅まで歩いていたら、暴走族がゴッドファーザーのテーマをクラクションで鳴らしながら、僕のケツめどを襲ってきたのです。
 僕は暴走族を封じようとケツめどに力を込めて非常線を敷きました。
 ですが、相手は無法者。力づくで非常線を破ろうと躍起になってエンジン出力を最大にしてくるのです。

 「まずい、応戦を呼ばなければ。」
 自分だけではどうにもならないと判断した僕はトイレを探しました。
 ですが使えそうな店は全てシャッターが降りています。トイレが使える店までは最低50メートルは歩かないともう駄目です。
 八方ふさがりの僕の目に入ったのは派出所でした。

 脂汗を流し足を引きずりながらも派出所に着いた僕は「すいません、トイレ貸して下さい」と応援を頼みました。
 トイレの場所を聞いてドアの前に立った時、ついに非常線の一部が破られ僕はやってしまいました。

 暴走族を検挙し終え、窓を見た僕はなぜか自分が犯罪者になったような気分になったのは言うまでもありません。
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