FC2ブログ

2007年10月1日放送分 カブトムシの秘密 - 深夜の馬鹿力データベース

2007年10月1日放送分 カブトムシの秘密

カブトムシは、何時ぐらいが捕まえやすいのですか?

深夜、暗くなってから。

早朝、明るくなる前後。

時は江戸。
天下泰平のご時世とあって、剣の腕前に自信のあるだけではおまんまにありつけなくなりました。武士は食わねど高楊枝を気どっていたが、ついに倒れちまった。
「のたれ死にか」と薄れ行く意識の中つぶやいた。気がつくとふとんの中。「あの世もこの世も、意外と変わらねえなあ」とあたりを見まわすと、どうやらあの世ではないようで、古びた長屋の一室らしい。
「気がつきましたか」と握り飯を差し出してくれた娘が、おりょうだった。それからのおいらは、助けてくれたおりょうに恩を返したい一心で、刀を包丁に持ち替え、人が変わったように働いた。そのうち自分の店を持ち、晴れておりょうを妻に迎えることもできた。暮らし向きは楽ではなかったが、それでもなんとか2人で店を切り盛り、人並みの幸せというものを手に入れたその矢先、おりょうは突然、骸になって帰ってきた。
目撃者の話によれば、斬った相手は大目付の懐刀。口説いても首を縦に振らないおりょうに逆上して斬りつけたらしい。静かに通夜を済ますと、畳の下にしまっておいた刀を取り出しとぎ出す。線香に火をつけ、「行ってきます」と手をあわせてから、静かな町へ出た。日の出前、もっとも闇が深い時分だ。それくらいの時間。
(みどり眼鏡さん)


日本じゃ見られない珍しいカブトムシって、何?

ヘラクレスオオカブト。

マルスゾウカブト。

僕が幼稚園の頃、近所にお話をしてくれるおじさんがいた。
おじさんは童話作家で、近所の子供たちを集めては、動物さんの話や子供を連れてってしまうおばけの話をしてくれた。「ほら君の隣におばけが」と叫んで、おばけの絵を描いた紙を見せられて、おどろかされたものだった。僕はおじさんのことを先生と呼び、先生が書いた小説や絵本もたくさん見せてもらった。
だけど、僕が年長組に入るころから、先生の生活は変わりはじめた。「先生はスランプになっちゃったんだよ」「スランプって、何?」「んー、心のケガだね」「治るの?」「わからない」先生が小説や絵本を出すことはなくなり、部屋は丸めた紙くずやゴミでみるみる汚くなっていった。先生が僕らにしてくれる話も、お世辞にも面白いとは言えないものばかりになった。
まわりの子供たちもだんだんと先生の家に行かなくなり、お母さんも「あの家には近づかないように」って言ったけど、先生のことが大好きだった僕は、母さんの注意を聞かないで先生の家に行き続けた。
すると、あるときを境に、お話がまた面白くなりはじめた。妖精の話、しゃべる犬の話、メカ大関の話。先生はスランプじゃなくなって、元の先生に戻ったんだ。そんなある日、僕が先生の家に行くと、うつろな目をした先生が「金色のカブトムシがいる。捕まえろ。金色のカブトムシだ。捕まえろ」と叫んだ。僕はまた先生がふざけてるんだと思ったが、どうも様子がおかしい。何もいない場所に網を振りまわし、部屋の物を叩き壊しながら意味不明の言葉をしゃべっている。
僕が怖くなってかたまっていると、「お前も金色のカブトムシを捕まえるんだ」と僕にせまってきた。「そんな、そんなのどこにもいない」と答えると、「この金のカブトムシが見えないとは、お前は血の色のクワガタの毒波動にやられてしまったんだな・・・」と、机の引き出しから注射器を取り出して追いかけてきた。僕は先生の家を飛び出して家に帰って、ふとんの中で震え続けた。
それからしばらくして、先生は街から消えた。恐らくこの金色のカブトムシが、1番珍しい。
(ジライアモーと寝ない子誰ださん)


「外国のカブトムシを逃がしてはいけない」と聞きました。どうしてですか?

外国で産まれたカブトムシは、環境が異なる日本では生きていけないから。
逆に適応力が強く、繁殖してしまった場合、もともといた日本の虫たちの食べ物を奪ったりして生態系に悪影響を与えてしまうから。

地方の農村は慢性的な嫁不足で、例にもれず私も40を間近にして結婚のあてはありませんでした。私は農家の長男で、両親から毎日のように「結婚しろ、結婚しろ」と言われていました。結婚相談所の紹介で嫁さんをもらったのは、私が39歳、妻はまだ20歳になったばかりのときでした。
彼女はかばん1つだけを持ってフィリピンからやってきましたが、近所からは好奇の目で見られ、あれほど結婚を求めていた両親でさえ、彼女を心から歓迎してはいませんでした。それでも私は彼女を愛していました。日本語が満足に話せなくても、料理にスパイスがききすぎていても、そんなことは問題ではありませんでした。彼女の笑顔が、私は好きでした。笑ってそばにいてくれれば、それだけでよかったんです。
実際彼女は、努力もしてくれていました。つたない日本語で一生懸命話し、料理の味付けを勉強し、小言の絶えない姑にも嫌な顔1つせず、日本の習慣や田舎のしきたりを身につけ、家や村になじもうと精一杯努力をしていました。
しかし、彼女はなかなか受け入れられませんでした。姑の小言はやまず、近隣の者にはありもしない卑猥な噂をたてられました。姑は彼女が出歩くのを禁じるようになりました。掃除や洗濯など、家の中のことだけをやるように命じました。孫ができれば、姑の態度も変わったのかもしれませんが、なぜかその機会は訪れませんでした。
やがて、私の愛したあの笑顔も、太陽のような笑顔も見られなくなりました。ついに私は離婚を切り出しました。もう、こんな家に縛られることは無いよ。君は自由に生きていい。結婚して1年がすぎたころでした。
「東京で彼女を見た」と聞いたとき、私は50になっていました。出稼ぎに行っていた男が彼女を見たというのは、錦糸町のフィリピンパブでした。迷いつつ私は東京へ向かいました。教わった店は、繁華街からはいくらか離れた細い路地の奥にありました。店の前まで行きながら、どんな顔をして会ったらいいのか、何を話したらいいのか、そもそも会っていいのか、いろいろ考えていると突然ドアが開きました。「アリガトゴザイマシタ、マタキテーネ」投げキッスをしてお客を送り出したのが彼女でした。
ドアの前に立ちつくし、私に怪訝そうな目を向けた彼女の表情が、一瞬で驚きに変わりました。決して嬉しそうな顔ではありませんでした。しばらく2人とも言葉もなく見つめあっていました。私はしぼり出すように声を出しました。
「久しぶりだね」
「イラッシャイマセ、ドウゾ」狭い店内の1番奥のボックス席に案内され、向かいに彼女は座りました。
「ビール、ビールデヨカッタネ」
「あ、はい」かける言葉が見つかりませんでした。
やがて、ぽつりぽつりと彼女は話しはじめました。流暢な日本語でした。
「私ネ、アナタノコトウランデナイヨ、オカアサンモウランデナイ。イロンナコトオソワッテ、ソレガトテモヤクニタッテル。アリガタカッタトオモッテルヨ。ダレモワルクナイ、タダチョット、カンキョウガ。ソウ、カンキョウガアッテナカッタ、ソレダケ」
うつむいて話していた彼女が顔をあげました。目元の化粧がにじんでいました。
「ワタシネ、イマイッショニクラシテルヒトガイルノ。トテモイイヒト。オカネハアマリナイカラワタシモハタラカナキャイケナインダケドモ、デモワタシヲタイセツニシテクレル。リョウリオイシイッテホメテクレル。オカアサンニカンシャシナキャネ」
「そう、うん、よかった」
「コドモモイルノ」
「え、男の子?女の子?」
「1バンウエガオトコノコデ8サイ、ソレカラオンナノコ、オンナノコ、オトコノコ、オンナノコデ5ニンキョウダイ。イマオナカノナニニモイルノ」
店を出た私を見送る彼女は、あの笑顔で笑っていました。これでよかった、彼女は幸せに暮らしている。田舎へ帰る高速バスの中、彼女の笑顔がまぶたを離れませんでした。
本当に彼女は、本当に彼女は幸せになれたんだろうか。
濃い化粧を見たか、きわどい衣装を見たか、荒れた肌を見たか、こけた頬を見たか、化粧で隠したあざを見たか、目つきの悪いボーイを見たか、下衆に笑う客どもを見たか、彼女の涙を私は見なかったのか。
彼女を守れなかった負い目のせいで、無意識に見たくないところから目をそらしてはなかったか。それが彼女の幸せだとか、虫のいいことを言って、責任を逃れただけじゃないのか。
カブトムシは最後まで世話をしなければいけません。
(現実逃避ジャーニーさん)
ここは記事下のフリースペースです
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://ijuinmania.blog84.fc2.com/tb.php/721-9310ef86