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1996年4月29日放送分 珍肉番付 - 深夜の馬鹿力データベース

1996年4月29日放送分 珍肉番付

 僕は中学校の時、調理実習クラブというものに所属していました。その名の通り放課後に料理を作る楽しいクラブなんですが、こんな楽しげな部活にも何故か珍肉はいました。
 彼の名は関峰君。入部の動機が「こっちの方からいい匂いがしたから」という関峰君、当然まともな料理を作れるはずもなく、仕方が無しに材料の買い出し係に任命されました。

 しかし買い出し就任1日目、「マヨネーズを買ってきて」と言ったにもかかわらず、彼が買ってきた物は銀だらでした。こんな、どこをどう工夫すれば間違えることが出来るのか理解出来ない買い物をしてきた関峰君。今思えばこの時から彼の"毎日がはじめてのおつかい"がスタートしたのでした。
 まず初めに彼に教えたのは、頼まれた物の商品名を繰り返しながら買い物に行くというごく基本的な方法でした。「小麦粉小麦粉小麦粉…」と繰り返しながら商店街に消えて行った関峰君。帰ってきた時聞こえてきた言葉は、「麦チョコ麦チョコ麦チョコ…」しっかりと手に麦チョコが握られていました。
 次に試されたのが商品名をマジックで手のひらに書いて買い物に行く方法です。関峰君は、"キャベツ、にんじん"と書かれたその右手にキャベジンを握って帰還しました。

 こんな調子で毎日関峰君の調教に時間を費やしているうちに、学園祭の日が近づいてきました。調理実習クラブは学校内で喫茶店を開く事になっています。今日も誰かが買い物に行かなければならないのですが当然僕たちは忙しく、手の空いてるのは"料理の鉄クズ"こと関峰君だけになってしまいました。
 僕は関峰君にどんなことがあっても1回でいいからおつかいを成功させて欲しいと思っていました。そこでボール紙に「どうかこの男にじゃがいもを8個買わせてやって下さい。一生のお願いです。S中学調理実習クラブ一同」と大きく書き、今で言う電波少年インターナショナルのように関峰君の首からぶら下げ、神に祈る気持ちで彼を送り出しました。家庭科室の窓から久しぶりのおつかいにルンルン気分なのか、スキップで出かける関峰君の姿がありました。

 「これでやれる事は全てやった、関峰君も分かってくれるはずだ」そんなことを考えて約20分後、校庭の方からざわめきが聞こえてきました。嫌な予感を抑えきれずに目をやると、右肩に4箱、左肩に4箱、合計8箱のジャガイモをぎっしり積んだ宇宙戦艦が砂煙を上げながら突進して来るではありませんか。
 全くスピードを落とすことなく非常階段を上り、家庭科室に戻ってきた関峰君は、およそ40キロのじゃがいもを前にフリスビードッグよろしくハーハー言いながら「さあ私を褒めなさい」という目で僕を見ていました。

 精も根も尽き果てた僕は「ご苦労さん」と一言労をねぎらい、喫茶店のメニューに"ポテトサラダ、フライドポテト、じゃがバター"を書き加え、喫茶店"S中キッズ・お食事も出来ます"というポスターに"イモ版掘ります"と書きなぐったのでした。

 [横綱]


 よくお酒を飲むと居酒屋のしょう油差しや喫茶店の灰皿を持ってきてしまうような人は皆さんの周りにも少なからずいると思いますが、僕の小中高合わせて10年来の親友の亀淵君は、日頃はK大学のウェートリフティング部の人望の熱いキャプテンなのですが、ひとたび酒が入ると"深夜の馬鹿力"ならぬ"深夜の力馬鹿"になってしまうのです。

 とにかく酒を飲んだ亀淵君は他人に日頃鍛えた自分のパワーを見せたくて仕方がなくなるらしく、僕が今まで目撃した驚異の事件は数え上げればきりがありません。
 マンホールのふたを無理矢理こじ開け、思いっきり投げる"謎の円盤UFO"や、駐車してある250ccのバイクを持ち上げてすぐそばに止めてあるナナハンのバイクの上に乗せる"親子バイク"。バス停をかついで急に走り出し、しばらくして戻ってきたかと思うとかついでいるのは1つ先のバス停で、そのままそこに設置して帰る"バス停シャッフル"。
 何より恐ろしいのはそんなモンスターのような振る舞いを1晩明ければ忘れてしまうらしく、僕らが何度注意しても「ハハハッ、そんなこと人間に出来るわけないだろ?」と相手にしてくれず、アルコールの入った自分がもはや亀淵君ではなく、無邪気なゴリラである事を知らずにいたのです。

 そんなある日の朝、亀淵君から電話で起こされました。亀淵君が電話口でおびえた声で言うには、「とにかくすごい事が起きたので今すぐ自分のアパートまで来て欲しい」との事。恐る恐る夕べ酒を飲んだのかどうか尋ねると、答えは「Yes,TBS」。
 僕が急いで彼の部屋に駆けつけドアを開けると、目の前に飛び込んできたのは、"ビーボより美味いのはビーボだけ!"という文字。狭い玄関に立ちはだかっていたのは缶ジュースの自動販売機でした。
 ちなみに彼の部屋はエレベーターなしの安いアパートの3階です。僕は自動販売機の向こうで「一体誰がこんな嫌がらせを…」という顔をしている亀淵君に勇気を出して「酒の入った亀ちゃんはね、X-FILE入りして当然の怪獣なんだよ」という事を告げました。
 亀淵君はよし子ちゃんがサリーちゃんに告白された時ぐらいショックを受けていましたが、やっと納得してくれました。

 もし、もしあなたが江戸川の土手で風に吹かれてポツンと立っているビーボの自動販売機を見たら、亀淵君の事を思い出して下さい。それは最後に彼が酒を飲んだ力で運んだ禁酒の記念碑なのですから。

 [横綱]


 今日は僕の実家のラーメン屋に彗星のごとく現れ消えて行ったアルバイトの宮塚さんの話を聞いて下さい。

 2年ほど前、大学受験で店を手伝う事が出来なくなった僕の代わりが必要だと、親父が"出前持ち急募"と貼ったポスターを見てやってきたのが宮塚さんでした。
 親父が「今時自転車で申し訳ないんだけれど」と照れくさそうに出前用の自転車を見せた時の宮塚さんの第一声は今でも忘れることが出来ません。「…コマは?」言っている意味がよく分からない親父に「補助輪がない自転車なんて危険度200。」と追い打ちをかける宮塚さん。
 採用してから2分フラットで解雇を決意する親父の表情を察したのか、「だいじょぶだいじょぶ、俺走れる。自転車、速く。」と宮塚さん。今考えてみれば、ちょうどそこに出前注文の電話が入ってしまったのがレジェンドオブ宮塚さんの始まりでした。

 なし崩しに採用された宮塚さん。親父が注文の品を調理している間中、店にあった"美味しんぼ"を栗田さんと山岡を上手に演じ分けながら音読し、より一層親父の心配を煽りに煽ったものの、みそバターラーメンと中華丼と餃子が出来上がると、屈伸運動を始め、自分の脚力をアピールし始めました。
 「それじゃ、これを3丁目の角川さんまで届けてくれ。角川さんの家はここの道を真っ直ぐ5、600メートル行くと八百屋さんがある。その角を…」と親父がここまで話した所で宮塚さんがものすごいスピードで走り出しました。もちろん岡持ちを持たずにです。
 あっけにとられているとものすごいスピードで戻ってきて、「うん、確かに八百屋さんがあった。そこから?」僕も親父もそのあまりのスピードと信じられないほどの効率の悪さに茫然としつつも、「その八百屋さんの角を右に曲がって3軒目の家が角川さん…」最後まで聞くか聞かないかのうちにクラウチングスタートする宮塚さん。もちろん岡持ちは持たずに。
 そして猛ダッシュで戻ってきて「確かに3軒目、角川さん。」「…そ、そこにこれを出前して下さい。」2度手間どころか3度手間なのだけれど、その走る速さは尋常ではない。3日4日すればこの辺の地理も憶えて貴重な戦力になると親父はこの大物ルーキーに大きな期待をかけていました。

 ところが実際に3日経ってみると、この大物ルーキーが巨人の大森クラスであることが判明してきました。とにかく出前先からの苦情の電話が後を絶たない。
 「お宅の出前持ちが窓から入ってきた」「お宅の出前持ちが子供と一緒にファミコンに夢中になって帰ってくれない」「お宅の出前持ちがインターホンごしにずっと歌っている」「お宅の出前持ちが春巻きを1本どうしても食べたいと言ってきかないので食べさせたが、その分の代金は払いたくない」「お宅の出前持ちが泣き止まない」。
 そうして4日目、親父にこっぴどく叱られて出前に行ったきり2度と宮塚さんは帰ってきませんでした。親父はあれ以来事あるごとに「野郎、なんだかんだ言いやがって結局逃げ出しやがった」と言っていますが、僕はそうではないと思っています。
 まず宮塚さんはそんな事で逃げ出すような普通の人間ではないという事。そして最後に出前に行った先が"上海"という麻雀屋さんだという事。
 きっと今でも宮塚さんは岡持ちを持ち、シルクロードを全力疾走し上海を目指しているんじゃないかな?僕はそんな気がしてならない。

 [横綱]

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