FC2ブログ

1996年4月22日放送分 珍肉番付 - 深夜の馬鹿力データベース

1996年4月22日放送分 珍肉番付

 このコーナーでは野球バカならぬバカ野球な人々がよく登場していますが、うちの高校の巻島監督ほどのCrazy gonna crazyはお目にかかった事がありません。

 この巻島、まずサインが憶えられません。耳を触ったらバント、へそを触ったら盗塁、鼻をいじったら見送りぐらいの単純なサインにもかかわらず、試合中無意味にへそをボリボリかき続け、我がチームの打たないドカベンこと掛井君に2アウトからホームスチールをさせたり、9回の裏にベンチで頑固なハナクソと悪戦苦闘を開始して、クリーンアップ9球連続でストライクを見送らせて試合をあっさり終わらせたり、しかも自分のしでかした事に全く気付かず、「俺のID野球がチームに浸透していない」などとほざく始末。

 ある夏の合宿の事、この現状を見るに見かねたOBの室井先輩が監督に掛け合ってくれました。「もし次の試合で勝てなかったら、学校側と相談して僕と監督を代わって下さい。」室井さんは5年前、監督から秘球ファイヤーフラッシュや逆ひねりフォークというむちゃくちゃな握りで投げる嘘変化球の特訓を命じられ、青春時代の3年間を棒に振った伝説の先輩で、僕らに大変人望のある人でした。

 試合前、わざと負けようと思ってる僕らを集めてミーティングが始まりました。巻島の第一声は、「今日の試合、サイン変えるぞ。」の一言。「まず岡島。」背番号15の岡島君が呼ばれると、「岡島を思いっきり蹴ったら、盗塁。だからこうだぞ。」ゲシッ。「これ、盗塁。続いて黒田!黒田を、ボコンッ!殴ったらエンドラン。野坂を、メキメキメキメキッ。バント。それと前川!」エースの前川君が呼ばれました。「お前今日負けたら、秘球スクリューエスプレッソの特訓な。」そう言い残しミーティングは終了。

 試合開始から、俄然気迫のピッチングを展開する前川。1人でも塁に出たら、バント、エンドラン、盗塁のいずれかのサインが出る。控えの3人が捨て犬のような顔で見つめるので誰も塁に出れない。0対0のまま9回裏を迎えました。

 2アウトランナー無し、バッターは僕。チラリとベンチを見ると、見たことのないサインが出ました。巻島が岡島君を一本背負いで投げているのです。
 慌ててタイムをとり監督に尋ねると、「ホームランのサインだよ、もし無視したらお前はハイパーロングドライブ打法の特訓だ!」

 恐怖心というのはすごいもので、あれから3年、巻島監督はいまだに監督を続けています。あの日のスコアブックを見ると、僕のサヨナラホームランの所に、後の部員達の筆跡で「地獄に堕ちろ」とか「よけいなことをしやがってアーチ」と書かれています。

 [横綱]


 小学校6年の時に同じクラスにいた森山君は大のミッキーマウス好きで、あまりにミッキーマウスを愛するあまりに掛け算九九の8段がマスター出来ないぐらいでした。

 この森山君、大変なやっかい者で、授業中に小さな紙を回してきて、何だろうと思ってみてみると、蛭子能収が左手で描いたような汚いミッキーマウスの似顔絵から吹き出しが出ていて、そこに「僕の誕生日は11月18日なんだって知ってたかい?」などと聞きたくもない知識が披露されていたり、給食を運ぶためのエレベーターに4階から乗り込み、皆が心配そうに見守る中、「セーフティーバーは私が下げる」と言い残し、給食室へと消えて行ったり、関わって得をする事はまずないのですが、ある日の放課後「ディズニーランドのチュリトスを売る屋台の中に、1台だけストロベリー味のチュリトスがあるんだけど知ってた?知らなかったでしょ?美味いんだよ~。まあいつも移動してる屋台だからちょっと素人には見つけられないだろうけど」と原田大二郎ばりのボリュームで話し掛けてきたので、つい売り言葉に買い言葉で「知ってる知ってる。それより、バーベキュー味のチュリトス食べた事ある?あれはね、木曜しか出ないんだよ。」ついウソを教えて追っ払ってしまいました。

 僕はそんな軽はずみのウソの事はつい忘れていたのですが、それから3ヶ月ほど経ったある日、友人の佐川君がポツリと言いました。「森山の奴、毎週木曜日学校休んでるよな?」僕の顔はみるみる青ざめ、ちょうど次の木曜日が祝日だった事から、佐川君を誘ってディズニーランドに出かける事にしました。
 祝日のディズニーランドはそりゃもうすごい混雑で、森山君を見つけるのは困難かと思われましたが、入場して5歩半ほど歩いた所で、どこからともなく「ホーンテッドマンションのオバケの数は999人なんだよ。知ってた?」というデカい声。
 声のする方向を見るとそこに近鉄バッファローズの帽子にボール紙で作った耳を付けた手製のミッキー帽をかぶり、見ず知らずの子供にうんちくを怒鳴りつける森山君の姿がありました。

 僕はすぐさま駆け寄って、「あの話はウソだった、ゴメン」と謝ろうと思っていたのに、森山君が一瞬早く僕に気付き、ものすごいスピードで走ってきてトミーズの雅に5万ボルトの電流を流したような形相で、「いいとこに来てくれたね。バーベキュー味のチュリトスはどこなんだい?どこなんだい?」と僕の胸ぐらをつかんで怒鳴り続けます。
 僕は恐ろしくなり、とっさに「確か魅惑のチキルームの中に…」と口走ってしまいました。次の瞬間僕は地面に叩き付けられ、顔を上げた時には人込みが真っ二つに割れ、魅惑のチキルームの方向に森山君が走っていったと思われる1本の道が出来ていました。
 こうなったら最後まで見届けるのがウソをついた僕の義務です。恐る恐るチキルームに近づくと、中から「ハイホー、ハイホー」のメロディに乗せて「チュリトスチュリトス、バーベキュー」というアカペラが。僕はその場で泣き出してしまい、同行してもらった佐川君に全ての話をしました。

 佐川君は自分がそんなに恐ろしい出来事に巻き込まれている事を初めて知り、最初は少し怒りましたが、僕の涙と鼻水でパックをした顔を見上げて、グッドアイデアを授けてくれました。
 まず普通のチュリトスを1本買ってきてそれに売店のケチャップとマスタードをかけ森山君に渡すというものでした。かれこれ5時間、チキルーム内を全力疾走していた森山君にやっと手に入れたというより作り上げたオリジナルのチュリトスを渡すと、森山君はそのチュリトスを満足そうに食べ、僕のウソはやっと終結したのでした。
 あれ以来、僕は佐川君のためなら死ねると思っています。

 [大関]


 実は僕中学校の時ブラスバンド部に入っていました。というのも必ずどこかのクラブへ所属しなければならないという校則があり、何にもやる気がない文系男が行き着く先というのがどういうわけかブラスバンド部だったんです。
 そんな半分ダメ人間コンテストと化しているクラブにも珍肉はいました。そう、キャッチフレーズ・"ティンパニ小脇にちょっと屋上まで"こと、鳴清君です。
 彼のパートはズバリ楽器運び。別名"メシを食らうベルトコンベア"と呼ばれる彼はその力を楽器の運搬のみで発揮し、それ以外の時は常にエネルギーを貯めているのか、部室の隅でじっとしていました。

 しかしそんな彼にもついに楽器を演奏しなければならない時が来たのです。それは2年の合奏コンクールの時でした。バスドラムがパートの岩沢君が腕を骨折してしまい、運悪く暇つぶしにバスドラム、鳴清君の言う所の"お祭りの太鼓のアメリカ風"をたたいていた所を先生に見つかってしまい、「そうか、鳴清のパートはバスドラムだったんだな」と決め付けられ、急遽出場が決まってしまったのでした。
 僕は練習に全く参加した事のない鳴清君がちゃんと楽譜を読めるのかな?と近寄って楽譜ノートに目をやると、平仮名で「たたくやすむたたくやすむやすむたたく、6の段を心の中で言う、やすむたたく、8の段を心の中で言う、はっぱ64まで来たらたたく」と書かれており、僕はとても不安なまま本番に臨みました。

 皆が緊張している中、1人アラレちゃんの終わりの歌を歌っている鳴清君。そして演奏開始。鳴清君は初めはちゃんと大太鼓を叩いていたものの、次第に面倒くさくなったらしく、ケリで音を鳴らすようになり、15分たった頃にはそれさえ飽きていました。そして彼の目に入ってきたのは真っ赤になってトランペットを演奏する木村君でした。
 鳴清君は楽譜を持ち出しツツツーと、木村君に近寄りました。そして鳴清君がバスドラをたたく番になった時、"ゲフップー"という声と鈍い音が重なった嫌なラッパが聞こえました。続いてリズムに合わせて3連打。ちょっと宙に浮く木村君。
 グッタリ足元に倒れる木村君の屍を見ると、鳴清君ポツリと一言。「もうこの楽器音出ない」と言ってトロンボーンの斉藤君の所に忍び寄りました。こうなってしまっては鳴清君、もう演奏する事よりも他の演奏者にボディブローをバチでのびるまでお見舞いする事が目的になってしまっていました。

 こうして最悪の合奏コンクールは終了したのですが、その後鳴清君のパートは楽器運びから自宅でおとなしくしている事になりました。

 [大関]


ここは記事下のフリースペースです
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://ijuinmania.blog84.fc2.com/tb.php/826-2b983ba7