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1995年12月4日放送分 珍肉番付 - 深夜の馬鹿力データベース

1995年12月4日放送分 珍肉番付

 空手バカ一代ならぬバカ柔道の俵君改め米俵君の話をさせて下さい。

 僕の学校の柔道場には、柔道部員の名前が書いてあるかまばこ板みたいのがズラッと並んでいて、部活の出席者は黒い名字の方、休みの人は裏の赤い名字の方が表示される仕組みになっていたんですが、米俵君と稽古をした人は、少なくとも向こう2ヶ月は赤い文字になりっぱなしなので、ほとんど真っ赤になってしまい、いつしか米俵君は独りで稽古をするようになっていました。

 その方法というのが、校庭のバスケットゴールのポールに黒帯を巻き付けて、一人で背負い投げを練習を続けるというもので、バスケ部の練習中も、他校との対抗試合中も「トリャートリャートリャートリャートリャートリャートリャトリャトリャリャー」、まるで一週間の歌よろしく稽古を続けている米俵君のすさまじさでした。
 それでも、やめさせるよりは他校のバスケットの選手に「あれはただのコートの出っ張りだから」と説明する方が簡単という理由で、ほっておかれたのです。

 修行が始まってから4ヶ月ぐらい経ってからでしょうか、今思えば他校のバスケット部員から「この学校のゴール、リバウンドが変ですねぇ」と言われ出していた頃のことです。
 とある放課後、俵君がいつものように背負い投げの練習を始めて5分、俵君はついにバスケットゴールに勝ちました。
 真っ赤な顔をして、息をシューシュー言わせている米俵君の前に、根元からもっきり折れたバスケットのゴールが倒れていました。

 あれから2ヶ月、生徒手帳の校則の欄の補足の項に、「俵君のバスケットコートへの出入りを禁ず」という一行が足され、今俵君は非常階段に黒帯を結んで、打倒校舎に励んでいます。

 (東村山市・PN:雑巾ダンスって言うな)

 [横綱]


 今から2年ほど前、僕らの周りでかなり本格的にMTB(モトクロス自転車)が流行っていて、僕も含めて親友3人は毎週のように草レースにエントリーしていました。
 僕らが毎週レースに出ていた理由は、MTBが大好きという他に、もう1つありました。それは保体の教科書の筋肉の絵こと、宇田川君と遊びたくないという理由でした。

 毎週宇田川の「でてぃようび、あどぼうでー(和訳:日曜日、遊ぼうぜー)」の恐怖の誘いを、「ごめーん、レースあるからー」と断っていたんですが、宇田川君もいいかげん一人で町中の自動販売機を裏返しにする遊びに飽きてしまったらしく、ある日曜日の早朝、僕の家の前でMTB3人衆が出発しようとした瞬間、宇田川君が自転車にまたがり「おでもでーどぅー、おでもでーどぅー(和訳:俺もレース)」となついて来てしまったのです。

 乗ってる自転車は当然ママチャリ。しかもボディに白ペンキで「スーパーはやい号」とネームが書かれていることを見て、もはや誰にも宇田川君を止めることは出来ないと悟り、江戸川の土手に移動。ついに宇田川君がMTB界にデビューしたのです。
 スタート直前、周りの大人からママチャリをバカにされていた宇田川君、シグナルが青に変わるや否や、猛ダッシュ。
 あの時のスーパーはやい号の速いのなんの。ギアもへったくれもなく、高級MTBをゴボウ抜き。

 1回ジャンプしてはスポークを2本3本折り、カーブしてはブレーキワイヤーを握力で引き千切り、本当のMTBに乗る僕らをぐんぐんと引き離し、ついには周回遅れ寸前まで追いつめられた時、僕は生まれてこの方、一番恐ろしい音楽を聞いたのです。
 16段変速のMTBに乗る僕でさえ足はパンパンもうヘトヘトなのに、僕の後ろから妙に元気な「おっかーをこーえーゆっこーおよー、くっちーぶえーふきつーつー」という歌声が、どんどん近づいてきたかと思うと、あっという間に僕を追い越していったのです。

 結局僕はその音楽で精神的ダメージを受けリタイア。宇田川君は24台中トップでゴール。
 そして表彰式の段階でエントリー名簿に宇田川などという名前がないことが発覚、失格となるも他の大人達に誉められ、上機嫌でしたと。

 (PN:榎さんのおはよう3456)

 [横綱]


 あれは小学校の遠足の時のことです。
 当時からポマトとして有名だった榎本君の行動は、常人には考えられないような珍肉ぶりを見せつけてくれていました。

 行きの時はせいぜい早く登りたいからと言って、うねった山道を無視して直線で頂上を目指す程度でしたが、山頂に着いてリュックの半分を占めていた食料を平らげてからは本領を発揮。
 なぜか角材を持っている彼に、「それ何?」と尋ねると「つえ。」の答え。しかしその杖には、「高尾山山頂」の文字。
 先生達の「下りだから杖はいりません」という見当違いの説得に、渋々従ったまでは比較的学校でも良くある光景。
 実際に下りる時、またも道を無視し直進で下りていった珍肉。避けきれず大木に激突。
 さすがの珍肉も動きが止まりましたが、ところが体当たりした巨木、どうも腐っていたようで、ミシミシいったかと思うと綺麗に倒れてしまいました。しかも運が悪いことに、これから下るはずの道をふさぐ形で。
 結局我々は別の道から下りるはめになり、珍肉君は私たちの後ろを担架に乗って下山したようです。

 (川崎・PN:名もなきリスナー)

 [関脇]

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