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1995年10月30日放送分 珍肉番付 - 深夜の馬鹿力データベース

1995年10月30日放送分 珍肉番付

 僕の高校は「3ない運動」とやらで、バイクの免許を取る事は禁止だったんですが、当時僕は内緒でバイク通学をしていました。

 ある日の下校時、学校のそばに止めてあった僕のTZR250にまたがろうとしている所に、鉄道研究会には無駄とも思われる筋肉を持つ男こと、デゴイチ内田が彼のチャリンコ『雷鳥51号』にまたがり、汗だくでやって来ると、「シティーハンターの再放送が始まっちゃうから、引っ張ってってくれ。」と頼まれました。
 彼のシティーハンターを思う必死の目に、心を打たれた僕は、彼を自転車で並走させて、彼に僕の肩をつかませてバイクをゆっくり走らせました。

 ところが、悪い事はできないもので、運悪く生活指導の村本先生の自家用車が後ろから迫ってくるじゃありませんか。
 こうなったら内田のシティーハンターどころじゃないので、内田の手を振りほどきフル加速。90キロオーバーの速度でぶっ飛ばし、やっとのことで車をまき、ほっと一息つくと、後ろから何やら声が。
 「…オープニング始まっちゃうよぉ。」そこには、500円傘を片手に持ち、傘の取っ手を僕のバイクの後ろのシートに引っかけ、機関車トーマスフォーメーションになっている内田の姿がありました。

 100キロ近いスピードで振り回されつつも、握力だけで付いてきた内田は、お礼にと大事にしていたブルートレインの生写真をくれました。

 そんな内田へ、僕からのアドバイスは、「運動部に入れ。」

 (豊島区・PN:ジェットマン)

 [関脇]


 高校の時に、水泳部のエースとして鍛えに鍛えて、脳みそが自由形だったマチョ村君こと西村君が、水泳大会のメドレーリレーの時の事。

 大詰めまでタッチの差で2位だった、僕らのクラスのアンカーマチョ村君。トップの4組のアンカーと、0.5秒差でタッチを受けると、両足の筋肉をフルに使い、飛び込み台を離陸。マチョ村君と夏の輝く太陽が一つになったかと思うほどの高さから、急降下した先は、4組のアンカーのド背中でした。

 静まり返るプールサイド。赤い水煙幕の中浮かび上がってきたのは、約100ノットでばく進する人間魚雷こと、マチョ村選手でした。

 瞬く間にトップゴールで御満悦の彼に失格が告げられた頃、4組のアンカーさんがうつ伏せに静かに浮上。4組の女子は泣いていました。

 (埼玉県鳩ヶ谷市・PN:大野ガンバレ)

 [小結]


 いましたよ、うちの近所にも。スイッチが壊れてる奴、もとい珍肉な人が。

 先日、自分の母校の中学校のグランドの前を通ると、スポーツテストをやっていたんですが、中学生にもかかわらず一人だけ、つば付き紅白帽でウルトラマンをやっている奴がいたので、ターゲットはこいつだと思って注目して見続けると、案の定彼は珍肉でした。

 50m走を『ネコふんじゃった』を歌いながら5秒台で走りぬけたり、ハンドボール投げを終えた後に、「平べったい小石だったらもっと飛ぶのに」と言い訳しながら50mはゆうに投げていたり、前を走っている子犬を追っかけているうちに1500mを都のレコードタイムで走り抜いたり、皆が疲労でぐったりしている空き時間に校庭にいるハトを全力で追っかけまわしたりと、僕の目を飽きさせない動きをしていました。

 名も知れぬ彼のおかげで、中々充実した秋の一日でした。

 (練馬区・PN:ねぎみそ)

 [大関]


 いますよいますよ、もう。ネジを回しすぎてかえって止まってしまったチョロQみたいな珍肉さんが。

 そいつは普段は公園の砂場でネコと一緒にひなたぼっこをしていたり、Tシャツの後ろがしまってもしまっても出ちゃうような陽気な奴なんですが、ひとたびゲームセンターでゲームをすると、つい力が入りすぎてしまう筋肉男、山本君こと山本名人です。

 彼は今までにゲーム機のレバーを折る事4本、ボタンをぶっ壊す事7個、ハンドルをはずす事2回などの実績のほか、ピンボールで玉がアウトになりそうになると台の手前側を1mほど持ち上げ、強引にボールを戻すという荒業をやってのけたり、お金の両替機を殴り、金額表示の所に変な数字を並べてみたり、挙げ句の果てにはオートバイゲームの『ハングオン』で、本当にゲーム機ごと転倒したりと、まさに我が街のゲームセンターの 間では、違う意味での『ゲームセンターあらし』として、恐れられています。

 (東京都中野区・PN:テレフォンもんがもんが)

 [関脇]

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